――らしくもない。
 滅多にない緊張をしながら、フォルテールを挟んでファルさんと向かい合っていた。
 彼女と話してからちょうど二日後。あきれるくらいに簡単に話は進んだ。廊下で偶然
出会い、今時間があるのなら、と聞かれ、あると答えたらそのまま練習室へ来ることに
なった。
 一度合わせてみたい、というのは社交辞令ではなかったらしい。

「二人とも知ってる曲の方が良いかな?」
「できれば」

 恥ずかしい思いはしたくなかった。ファルさんが作ったという曲を初見で弾ける自信
は全くない。かといって、自分で作った曲は見せられるほどの出来でもなかった。
 ならなぜ俺はここに来た?

「そんなに緊張しなくて良いですよ」

 見透かされたことに対して、怒りはなかった。もし彼女以外の女生徒にそんな風に言
われたら、不機嫌になったかもしれない。もしくは、もう少し彼女の声に同情の気配が
感じられたのなら、もっと臆していただろう。

「そういうのって、わかりますか?」

 そのどちらでもなく、自分の情けなさを認める妙な諦めが口をついて出た。認められ
たい、という気持ちもあるにはあったが、それよりもまず、自分という人間の本質を隠
せないのだと、どこかで悟っていた。

「ええ。でも、楽しくやりましょう。アーシノさんの音が聞きたいだけなんです。試し
たりするためじゃないんです」

 ファルさんの言葉には、無条件で信じたくなるようなところがあった。だから俺は、
逃げ出しもせず、虚勢を張ったりもせず、静かにフォルテールの鍵盤に指をかけた。
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